この記事のポイント
- 何が起きた: MicrosoftがCopilotにPC内ファイルシステムへの全アクセス権を付与。ローカルとクラウドを自動切り替えする「ハイブリッドインテリジェンス」を発表した
- なぜ重要か: どの情報がクラウドに送られるかはHydraFusionルーターが判断し、ユーザーが直接制御する手段は一般向けCopilotでは明示されていない
- 安全策の現状: エージェント封じ込め用のMXCサンドボックスはWindows 11で一般提供開始。ただし企業管理ツールIntune連携は日程未定で、microVMバックエンドも実験段階にある
- 構造の矛盾: ローカルAIの推論には75.5GBのメモリを消費するモデルと128GB構成で約92万円のPCが必要で、大半のユーザーのタスクはクラウドに送られる構造が残る
ファイルを渡すということ
Copilotのエージェント機能が、ユーザーのPC上にあるファイルを横断的に検索し、操作できるようになる。イベントのデモでは、PC内に散らばった確定申告関連の書類をCopilotが自動で見つけ出し、整理し、税理士宛のメールに添付する一連の流れが実演された。
Microsoftは、ユーザーが依頼した場合にのみファイルにアクセスすると説明している。しかしWindows Recallの前例を思い出す人は少なくない。2024年にCopilot+ PCとともに登場したRecallは、画面上のあらゆる情報を数秒おきに記録する機能で、セキュリティ研究者に標準ユーザー権限だけで全データを抜き取れることを実証され、再設計を余儀なくされた。
今回の仕組みは設計が異なる。Recallは常時記録型だったが、Copilotのファイルアクセスはユーザーの指示を起点とする。ただし「指示」の解釈範囲は広い。税務書類を探してほしいと頼めば、Copilotはどのフォルダのどのファイルを開くかを自分で判断する。
ハイブリッドの意味
Microsoftがこの構想に付けた名前は「ハイブリッドインテリジェンス」という。GitHubが開発したモデルルーター「HydraFusion」の上に構築され、タスクの性質に応じてローカルモデルとクラウドモデルを自動で切り替える。
単純な処理やプライバシーに関わるタスクはユーザーのPCで動くモデルが担当し、複雑な処理や高い性能が求められる場面ではOpenAIのGPT-6やAnthropicのClaudeにクラウド経由で送られる。
情報の灯台が確認したところ、Microsoftの公式技術ブログにはこう記されていた。ローカル推論を選択しても、セッション自体はオフラインにならない。モデルの選択、推論、ツール実行にはそれぞれ異なる境界がある。つまり「ローカルで処理する」と言っても、ファイルの中身がクラウドに出ないことを保証しているわけではない。
ルーティングの判断はHydraFusionが自動で行う。ユーザーが「このタスクはローカルだけで処理してくれ」と指定する手段は、開発者向けのGitHub Copilotでは用意されているが、一般向けのCopilotアプリでどこまで制御できるかは明らかになっていない。
サンドボックスと、その外側
AIエージェントがローカルで動くなら、エージェントが暴走したときの封じ込めが要る。Microsoftが用意した答えがMXC(Microsoft Execution Containers)で、10月7日にWindows 11向けの一般提供が始まった。6月のBuild 2026で早期プレビューとして登場し、4ヶ月で正式版に到達した。
MXCはポリシーベースの実行レイヤーで、エージェントがアクセスできるファイル、ネットワーク、資格情報、システム機能を開発者が事前に定義し、Windowsが実行時に強制する。オープンソースとして公開されており、GitHub Copilot、OpenAI Codex、OpenClaw、NVIDIA OpenShellなどが対応済みとされる。
Windows+Surface部門のエグゼクティブバイスプレジデントであるパヴァン・ダヴルリ(Pavan Davuluri)氏は、MXCによってWindowsは「エージェントにとって最もセキュアなプラットフォーム」になったと述べた。
この主張には注釈が必要になる。MXCのプロセスコンテナ、セッションコンテナ、WSLコンテナは一般提供に入ったが、より強力な分離を提供するmicroVMバックエンドはまだ実験段階にある。また、企業がMXCポリシーを一括管理するためのMicrosoft Intuneの連携は「近日中」とだけ案内され、具体的な日程は示されていない。エージェントの箱は出荷されたが、箱を管理するための管理ツールはまだ届いていない。
MXC(実行コンテナ)の提供状況
| 機能 | 提供段階 |
|---|---|
| プロセスコンテナ | 一般提供 |
| セッションコンテナ | 一般提供 |
| WSLコンテナ | 一般提供 |
| microVM | 実験段階 |
| Intune連携 | 日程未定 |
| Entra連携 | 日程未定 |
※Windows 11が対象。2026年10月7日時点。
ローカルAIを動かすための条件
ローカルで動くモデルの性能も具体的に示された。Microsoft AIが開発したMAI Code 1.1 Flashは、総パラメータ数1370億・アクティブパラメータ68億のMoE(混合エキスパート)モデルで、量子化によりモデルサイズをクラウド版の53GBまで約80%削減している。コーディングベンチマークSWE-Bench Verifiedでのスコアはクラウド版の72.6%に対し量子化版が70.80%で、性能の低下は小さい。
ただ必要なメモリは大きい。256kコンテキストでのピーク使用量は75.5GBに達する。これを快適に動かせるのは、同時に発表されたSurface Laptop Ultraのような大容量メモリを積むマシンに限られる。128GBユニファイドメモリの最上位構成は5,899ドル(約92万円)で、最廉価の24GBモデルでも2,599ドル(約40万5,000円)から。
MAI Code 1.1 Flash:クラウド版 vs 量子化版
| 項目 | クラウド版 | 量子化版 |
|---|---|---|
| モデルサイズ | — | 53GB |
| SWE-Bench Verified | 72.6% | 70.80% |
| メモリ使用量 | — | 75.5GB |
※総パラメータ数1370億・有効68億は両版共通。メモリは256kコンテキスト時のピーク値。—は未公開の値。
ローカルAIの推論基盤にはWindows ML(ONNXランタイム)が使われるが、今回その対応がllama.cppにも広がった。llama.cppはオープンソースのAI推論エンジンとして広く使われており、Windows MLの対応によりGPU、NPU、CPUなど幅広いアクセラレータを利用可能になる。これはMicrosoftの自社モデルだけでなく、サードパーティのローカルモデルを動かす基盤としても機能する。
何が変わるのか
GitHub Copilotへのハイブリッドインテリジェンス機能は10月下旬にexperimental preview(実験的プレビュー)として提供が始まり、一般向けCopilotアプリへの展開は今後数ヶ月以内とされている。
このほかWindowsには、設定項目を自然言語で検索できるAI強化検索や、テキストメッセージ送信などを担う会話型インターフェースが追加される。OpenClawなどの外部エージェントを導入しやすくする新しいセットアップ体験も展開される予定で、Microsoftが自社のCopilotだけでなく、エージェントのプラットフォームとしてWindowsを位置づけようとしていることが見える。
ユーザーが制御できないもの
ローカル処理の強化は、プライバシーの観点では正しい方向に見える。Microsoftのサーバー負荷を減らす効果もあるだろう。しかしハイブリッド構造である以上、処理の一部は必ずクラウドを経由する。どのタスクがローカルで完結し、どのタスクがクラウドに渡されるかの線引きはルーターが行い、その判断基準の詳細は公開されていない。
バッテリー駆動時間やファンノイズへの影響もまだわからない。ローカル推論はメモリと演算力を消費し、75GBのモデルを常駐させたPCが日常の事務作業に堪えるかは、Surface Laptop Ultraが出荷される10月16日以降に検証される。
AIにPCの全ファイルを見せることに不安を覚える利用者にとって、Microsoftの回答は「安全な箱の中で動かす」と「お願いしない限り見ない」の2つに集約される。2024年のRecallでは、安全に保存されるとしていた設計が破られた。今回の箱がどれだけ頑丈かは、出荷されてから外側の人間が試すまでわからない。
この記事は 情報の灯台 で最初に公開されました。


